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2009/04/23 10:12

第25回全日本トライアスロン宮古島大会

 例年ならシーズンオフのトレーニングの成果を確認できる待ちに待った大会なのですが、昨年12月にMTBで転倒して鎖骨を骨折したために、全くの準備不足で迎えることになりました。
 今年で25回目の節目の大会です。日本で最大級の大会を開催し続けてこられた宮古島の皆様に感謝の気持ちでいっぱいです。これからも30回、50回と末永く開催いただきたいと切に願います。

 今回も同室させていただいた城本徳満さんは25回連続の出場で、すべて完走され、表彰式で特別表彰を受けられました。私はその城本さんに勝つことを目標に5回大会に出場し始めてから、中抜けがありましたが、12回大会から14年連続で17回目の出場です。2005年から3年連続で6位、昨年7位と10位以内で踏みとどまってきましたが、今年は10位以内に入る自信が全くありませんでした。スイムの練習量が例年の3割程度で、100mのインターバル練習では例年よりも10秒ほどタイムが悪かったので、3キロで5分ぐらいは余計に時間がかかると覚悟していました。また12月の手術後、ランの練習を再開してすぐにふくらはぎを肉離れしてしまい、まともに走れるようになったのは2月になってからで、ランの調子もいま一つだったからです。ただバイクだけは、冬の降雪が少なかったおかげでしっかり乗り込むことができ、スタミナに不安はありませんでしたし、風の中でも平気で走れる自信はありました。

 福島−那覇便が廃止になったため、時間もお金もかかるのですが、今年は羽田空港からの出発になりました。宮古島は雨でした。宮古島東急リゾート到着後、送っておいたバイクを組み立てました。翌日も雨で頭痛もしたのでバイクに乗りませんでした。土曜日になってやっと晴れたので、バイクに20分ほど乗りました。変速の感じがおかしかったので、見てみたら、リアの変速ワイヤーのワイヤーキャップが折れていました。ソフトケースで送ったので、横圧で折れてしまったようです。メカニックで交換してもらってから、バイクを預託し、明日使うウエアやシューズ、ドリンク、補給食を準備しました。

 レース当日、4時起床。晴れ、微風、気温は低めでした。朝食は普段と変わらず、トマト、グレープフルーツ、オレンジ、バナナ、ごはん1膳、みそ汁の汁だけ、梅干を食べました。
昨年は小泉元首相がスターターでしたが、今年はオペラ歌手の中丸三千代さんがスターターを務められました。練習では最長でも2000mしか続けて泳いでいないので、3000m泳げるか不安だったので、オーバーペースにならないようにまったりとスタート。練習どおり100m1分40秒ペースの感じで泳ぎました。一昨年は76位、昨年は74位でしたが、今年は129位、予想通り昨年よりも約5分遅かったです。

 スイムの遅れを慌てて取り戻そうとすると最後までもたないので、バイクに移ってもマイペースで走りました。池間大橋の上でトップの西内、2位アンダーソン、3位に松丸とすれ違いました。松丸とすれ違うポイントは例年よりも手前で私が出遅れたせいもあるし、松丸が好調のせいもあるでしょう。ここからしばらくは向かい風が続きました。淡々とペダリングして、一人ずつパスしていきました。バイク70km地点の東平安名崎を23位で通過、自分の前には小原や去年6位の飯干君、同優勝の河原らがいました。そこから追い風区間になり気持ちよく走れました。下りでは52X12Tでは回りきってしまって、ギアが足りないところありました。100キロ地点の東急リゾート前までに精彩がない昨年優勝の河原らを抜いて15位ぐらいまで上がりました。その後も順調に走り、バイクゴールには9位で到着。覚悟していたよりはいい順位でランをスタートできました。

 しかし走り始めてみると、去年3時間を切ったときのようななめらかな感覚はなく、ゴツゴツした走りで、ランが不調であることを思い知り、3時間10分ぐらいかかると予想しました。後ろから追いついて来るであろう昨年8位の益田君、同6位の飯干君、河原には確実に抜かれると覚悟しました。このままでは11位以下に落ちてしまうので、前にいる選手を抜かないといけません。案の定、益田君、飯干君に軽くかわされ、前半は前にも後ろにも誰も見えない10位を一人旅。折り返しまで向かい風が続き、前に進んでいない感覚で走っていました。

 今年はランコースが変更になり、市街地部分が長くなり、そのぶん折り返し地点が手前になりました。そのせいか例年よりもかなり手前で先頭のアンダーソンがやってきました。1キロ以上離されて2位の松丸、さらに2キロ以上開いて3位の桑原君。もしアンダーソンがばてれば松丸の逆転もあり得ましたが、気温が低めだったので、予想がつきませんでした。その後ろは西内、フーバー、飯干君、昨年9位の菅沼君、益田君と8位までが続けてやって来ました。折り返し手前のエイドステーションの横でランを3位でスタートした篠崎君がうずくまっていて、私は10位で折り返し。後ろの11位の選手とは5分ぐらいの差でした。気になる河原はなかなかやって来ませんでした。これで私がペースダウンしない限りは10位に入れると思い、順位のことは忘れて走りに集中することができました。すれ違う往路の選手からたくさん声援もいただき、エネルギーも湧いてきました。25〜35キロは集中力も高まり、42キロの中で一番いいペース走ったと思います。35キロ手前でペースダウンしていた菅沼君を抜き8位。残り5キロを切り、平良市街に入ったところで前を行く益田君の背中が見えました。私もギリギリのペースでしたが、一か八かペースアップしました。残り2キロで差が50mぐらいまで詰めることができ、あと一息でしたが、沿道からの「フジワラ、がんばれー」の声に益田君が気づいてしまい、ペースアップして軽々と離されてしまい、結局46秒差で8位のままのゴールとなりました。
 
 練習不足なのに出し切るレースをしてしまい、翌日は大変でした。朝食を食べた後、寒気とだるさを感じ、体温を測ったら37.7℃あり、それから吐き気と下痢。表彰パーティーでも何も食べられず、火曜日、那覇空港でのトランジットの間も休養室のベッドで横になっていました。レース後、生ものは食べていないので、心当たりはないのですが、城本さんから「食中毒だろう」と言われました。

 これで12回目のトップ10入りとなりました。イチロー選手とはかなりレベルが違いますが、一年一年数字を増やしていくのは励みになります。この歳になると、若いときと同じことをしていては維持さえできないので、どんどん自分を変えていくチャレンジし続けるつもりです。

 スピードアップしたときに上死点で股関節が詰まる感じになるのがいやで、オンザロードのスタッフは知っていますが、昨年11月にクランク長を170mmから165mmに換えました。冬の練習でも気持ちよく乗れていたので、今回もバイクだけは自信を持って臨めました。一昨年も昨年も今年もバイクパートの日本人の順位は1位松丸、2位篠崎、3位藤原の順なのですが、

2007年 松丸:4時間08分09秒  篠崎:4時間18分20秒  藤原:4時間19分51秒
2008年 松丸:4時間07分02秒  篠崎:4時間14分12秒  藤原:4時間15分25秒
2009年 松丸:4時間01分48秒  篠崎:4時間13分33秒  藤原:4時間18分47秒

という結果でした。ちなみに松丸の記録は日本人の歴代最高タイムです。170mmのままだったらどうなっていたか、もし160mmにしたらどうなるか、実験してみたい課題です。

投稿者:On the Road│2009/04/23 10:12│藤原裕司のアスリートコラム



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