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2009/07/24 00:00

皆生トライアスロン 優勝!!

第29回全日本トライアスロン皆生大会(http://www.kaike-triathlon.com/index.html

 今回は7月19日に鳥取県で開催された皆生大会をレポートします。
皆生大会は、1981年に日本国内で初めて開催されたトライアスロンで、日本で最も歴史ある大会です。皆生観光協会の方々がアイアンマンハワイを視察して、第1回大会を開催したそうです。スイムを終えた選手を順序にバイクトランジッションまでタクシーで搬送したり、今では考えられないようなこともあったそうです。

 私は初出場した15回大会、16回、20回、21回、26回、28回の計6度優勝していました。今大会には、昨年の上位選手のほかにシドニー五輪代表で地元米子に戻った小原工選手、過去4度優勝の井出晋一選手らが出場しました。
現在、国内のほかのロングの大会が宮古島、福江島、佐渡島で開催されている中で唯一本州の、鳥取県西部の中核都市である米子市周辺で開催されています。
そのため他の大会では経験しない多くの特徴があります。
たとえば、バイクコース中で国道を渡る際には、歩行者用の地下道をバイクを押して通ります。ランは米子から境港を結ぶ主要道路の歩道を走ります。
選手も特別ではなく信号は遵守します。42キロの中で10回以上は信号待ちをします。
正確に測ったことはありませんが、平均すると信号の待ち時間の合計は7分ぐらいになると思います。私はすっかり慣れているので、前の信号のタイミングを測ってペースアップしたり歩いたり、赤信号で待っている間にゆる体操をしたりしています。

 2006年はバイク途中からゴールまで雨降りの中のレース、一昨年は台風の影響でスイムが中止され、バイクもほぼ半分の距離に短縮してのデュアスロン、昨年は梅雨明け後の猛暑の中で久しぶりに灼熱の皆生らしいレースになりましたが、今年は曇りのち大雨。
午後5時38分に気象台から大雨洪水警報が発令されたのを受けて、大会本部のみなさんは競技の中断を決定し、ランコース上にいた多くの選手は、途中で回収されました。苦渋の決断だったと思いますが、選手のみならず、交通整理をされていた方々や地元のみなさんの安全のためには、正しい決定だったと思います。

 大会までの1週間の7月12日(日)。6月のはつかいち大会と徳之島大会の2連戦の疲労もとれたので、皆生大会に向けてのコンディションを確認するために朝25キロ走を行いました。6月は体の硬さがあってどうもいい走りができなかったのですが、7月に入り硬さがほぐれて柔らかい走りになってきて、この日の25キロ走も消耗せずに走れました。
タイムも好調だった去年とほぼ同じでした。朝食後、那須サイクリングクラブの練習会に3週間ぶりに参加。疲れが残っていたら追い込まずに流すつもりでしたが、金田一君が来ていたこともあって、徐々に調子が出てきて、最終4周回目はオールアウトまで追い込みました。
バイクでも背中をゆるめたまま脚を使わずにスピードを上げられ、ラン、バイクともに不安なくレースを迎えられる感触がありました。
大会4日前の15日(水)。バイク、ランの仕上がりは申し分なく、大きなミスさえしなければ優勝できると思いました。こんな感じになるのはとても珍しいことです。
 17日(金)、朝バイクライド1時間20分。この日も気持ちよく乗れました。
朝食後、約30分間ゆる体操をしてから出発。黒磯駅→那須塩原駅→東京駅→浜松町→羽田空港→米子空港と予定どおり移動。
米子空港からはいつもバスで移動していましたが、初めてJRで市内へ移動。
今年は、米子駅から1キロほど離れたビジネスホテルに宿泊しました。
到着後、体をほぐすために中海沿いの彫刻ロードで40分ジョグ。去年は走る気にならないほど暑かったのに比べると、涼しく感じました。
 18日(土)、朝食後バイクで皆生海水浴場に行き、コースを試泳するつもりでしたが、予定を変更してゴール会場となる東山運動公園内のプールで泳ぐことにしました。
夏休みに入ったので混んでいるかなと思いましたがすいていました。
普段の練習と同じく、板キックや片手クロールなど1500m泳ぎました。
ここには、屋内の25mと屋外の50mプールがあり、大会当日のゴール後もゆっくりダウンすることができます。ちなみに大人は520円。
開会式で招待選手が紹介された際、レースNo.1の小原があいさつするものだとばかり思っていたので、急にマイクを向けられかなり焦りました。
http://www.youtube.com/watch?v=GGNiS7sEod0&hl=ja
翌日は朝方から1日中雨降りの天気予報だったので、雨のレースを覚悟して就寝。

 19日(日)、夜中に何度か目が覚めましたが、4時前にスッキリ起床。
まずゆる体操で体をほぐしてから、トマトジュース、リンゴジュース、グレープフルーツ1個、バナナ2本を食べました。パンも買っていましたが、食べる気がしませんでした。
身支度をして5時前に宿を出発。バイクで10分ほどで会場に到着。
バイクとトランジッションバッグをセットし、受け付け。
その後またゆる体操をして、1キロほどゆっくりジョグをしてから、スタート地点に移動。
スタート20分前から5分ほどウォーミングアップ。
今年はうねりも潮流も少なく、泳ぎやすかったです。
スイム3キロは、皆生温泉街に面した皆生海水浴場の沖を泳ぎます。スイムが得意な小原選手が先行すると予想しました。
4月の宮古島では、小原選手から約10分遅れていたので、相当遅れてしまうだろうと覚悟していましたが、今回は小原選手から6分46秒差の29位で上陸しました。
 バイクは、145キロとアイアンマンよりも短いですが、中国地方の名峰大山への登りを含む国内屈指の難コースです。
皆生用のギアは、フロントが52x39T・リアのフリーは、11−23Tです。
40キロ過ぎから始まる大山道、路の登り口には、先頭の小原選手から約4分遅れの7番手で到着。この登り坂には、応援が多いので気持ちよく登りました。
登りきった折り返しでは、小原選手との差は3分に詰まっていました。
まだ十分に体に余裕があったので、バイクを終えるまでに先頭に追いつけるかなと思いました。70キロ付近の上り坂で、昨年4位の福田宰選手、昨年3位の岡宏城選手、小原選手を順調に追い抜き3位に浮上しました。この時点で先頭に出た武友寛選手(はつかいち大会で優勝した武友潤選手のお兄さん)とは1分30秒差で、2位の井出選手は視界の中でした。
早く追いつきたい気持ちもありましたが、まだバイクの中盤だしそのあとにマラソンが残っているので、無理せずマイペースを守りながら、80キロ付近で井出選手を、そして100キロで武友選手を抜き先頭に立ちました。
 ラン42.195キロは皆生温泉をスタートし、米子市内を通り境港市で折り返し、米子市の東山運動公園でゴールします。2位の福田選手とは、4分40秒差でランをスタート。
福田選手には、一昨年ランで逆転されているので要注意です。
体には特に不具合はありませんでしたが、脱水やガス欠にならないようにエイドステーションごとに水分補給をするとともに約30分ごとに携帯したフリーダムを摂りました。
ときどき通り雨のようにザーッと雨が降ったので、ひどい暑さにはなりませんでした。
境港の折り返し付近では、横なぐりの大雨で道路は川のようになり、歩道も水浸しのところがありました。折り返してから約1キロで福田選手とすれ違いました。
差は約7分に広がっていましたが、油断は禁物です。
3位以降の選手も次々とやってきました。
ランの復路では、往路の選手と狭い歩道の中ですれ違います。たくさんの選手に声をかけていただいて励ましていただきました。
ゴールに近づくにつれてエネルギーも湧いてきて、余裕を持って喜びかみしめながらゴールすることができました。
昨年に続き大会最多記録となる7回目の優勝になりました。
http://www.nnn.co.jp/sp/movie/event/090719/20090719117.html
 
 来年、皆生大会は第30回の記念大会を迎えます。
 これまで以上に盛り上げられるように、1年間精進して臨みたいと思います。

投稿者:On the Road│2009/07/24 00:00│藤原裕司のアスリートコラム



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