茨城44市町村ちゃり散歩②

先月から始まった、茨城県内44市町村全てを訪れ、自転車でその街を回り魅力をお伝えする新企画.。

題して、『茨城44市町村ちゃり散歩』

第2回目の行き先を決める抽選会が3月初旬オンザロードつくば店内にて行われた。今回はたまたま居合わせたお客様Iさんに抽選をお願いした。

今回の行き先は…高萩市!

という事で、後日わたしは高萩市へ向かったのであった。今回は改装中のJR高萩駅前からスタート!

 

高萩駅前で出発の準備を進めていると、ウォーキング中の初老男性が私に話しかけてきた。

「お、なんだあんちゃん高萩にサイクリングに来たのけ?」

「そうなんですよ、高萩でなんか良いところとか面白いところってありますか?」

「んー…ないな!(キッパリ)山の方さ行けば花貫渓谷って紅葉のキレイなところがあっけど、今日行っても落ち葉しかねぇどな。まぁ、あんちゃん頑張ってな!ガハハハ…」

っと言い残し、その男性は再び鉄アレイを手に持ちウォーキングしながら去っていったのだった。

スタートすらしていないのにいきなり先が思いやられる展開となったが、高萩市民だからこそ当たり前過ぎて見過ごしてしまっている良いところもあるだろうと思い出発した。

まずは高萩の歴史を知ろうと竜子山城(松岡城)跡のあたりをぶらり

そもそも竜子山城は室町時代にこの辺りの領主大塚氏が建てた城だそうだ、明治時代初期には常陸松岡藩の藩庁が置かれとても栄えた場所だったらしい。今現在は天守閣こそ無くなってしまったが城跡・城下町の名残りが随所にあって探検しがいのある場所だった。

城の敷地内にある丹生神社。

 

かつて大塚氏の氏神様として創建された神社だそうだが、今現在はすぐお隣の小学校の児童達を優しく見守っているそう。

すぐ近くには歴史のある味噌屋さんや旧酒蔵もあり風情豊かなエリアだった。

さらに高萩の歴史をと思い、そこからペダルを漕ぎ進めること約10分「穂積家住宅」へとやってきた。

 

こちらは江戸時代中期の豪農の邸宅が、いまもなお当時の状態で保管されている県指定文化財のお屋敷。

ノボリ旗の通り、ひな祭りが行われていた。

受付のご婦人から「なかなか男性一人でひな祭り期間中にいらっしゃるなんて珍しいですねぇ…」というジャブこそ入ったものの、茅葺き屋根×吊し雛人形のコラボは見事、屋敷に流れる空気もどこかゆったりしていた。

穂積家住宅を後にした私は海の方へとペダルを漕ぎ進め、やってきたのは赤浜という地区。この辺りもなんか歴史ありそうな匂いがプンプン。

 

この鹿嶋神社は、江戸時代に村の代表者2名が一週間以上歩き、分霊を鹿嶋から持ってきたのだとか。

以来、このあたりの大切な神社として人々に崇められているそう、高台に建っている神社なのでここからの眺めは最高だった。

そろそろお腹が減ってきたと思いながら、赤浜の国道6号を走っていたら一件のラーメン屋さんが目に入った。

 

一見すると、どこの街の国道沿いにもありそうな至って普通のラーメン屋さんだが、電光掲示板に『あんこうラーメン』という文字がピカピカと光っていた。

その瞬間、私のグルメレーダーが鋭く反応、ふと我に返ると入店しあんこうラーメンを注文したあとであった。

これがあんこうラーメン。ぱっと見は味噌ラーメンに見えるかもしれないが、プルプルのあんこうの皮、淡白な身、旨味ぎっしりの骨付き身、あん肝部分等野菜と共にゴロゴロ入っていた濃厚なあん肝をスープに溶かし麺を絡めて頂けば、あんこうラーメンというより、あんこう鍋の〆のいいとこ取りといった感じ。

あんこうの本場北茨城市の数キロ手前、高萩市赤浜で本場の味に出会った。

食後は海岸線沿いをぶらぶらしているみることに。夫婦岩みたいなものが…

有名な江戸時代の地理学者、長久保赤水のお墓が海沿いに。

 

そういえば高萩の人だって社会科の先生が言ってたっけ、今は波音を聞きながら安らかに眠っているのだろう。

一方、コチラの猫さんは昼休み休憩中と言わんばかりの寝姿、こりゃ気持ちよさそうだ。

そんなのんびりとした時間が流れる赤浜の砂浜で今回のまとめの一枚を描きます。

県民の皆様、次回はあなたの街にお邪魔します!